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​『Ⅱ.​ 予兆』

「日向くんだけが、悪いわけではないと思うんですけど……」
放課後、日が傾くグラウンドで遊ぶ子供達の声が遠くに聞こえる職員室の片隅、優しげな女性教師はやや困り顔でつぶやく。向かい側には創と、創の父親が神妙な顔をして座っていた。
「日向くん、いつもは良い子で優しいですし。日向くんがその子にちょっかいを出されていた所を見ていた他の子もいます。その…怒って思わず手が出てしまったんだと思いますよ。加減がわからなくて、怪我をさせてしまったみたいですけど……」
父と子の緊張を解そうと出来るだけ優しく女教師は続ける。
「向こうのご両親も謝罪の言葉を頂けたことと今回の事実関係を確認されて、特に事を荒立てるつもりはないと仰っていましたから。私自身の監督不行き届きでもありますし……今後は私もよりクラスメイトの様子に気を配れるよう反省しますね。……日向くんも、もう大丈夫だもんね?」
突如話を振られた創はおっかなびっくりで女教師を見つめたのち、やや顔を下げてしっかり頷いた。
「うん、良かった……それじゃあ今日はこれで。お父様、お時間とって申し訳ございませんでした」
「あ、いや………こちらこそ本当に、うちの創がすみませんでした」
創の父は深々と頭を下げ、創の手を引いて職員室をあとにした。
創の父はそれなりに地位と実績を備えた医者であった。妻はおらず、男手一つで創を育ててきたがいかんせん医者という仕事柄、家を空けることが多く創を1人にさせがちだった。時々知り合いに面倒を見てもらったりもしていたが、やはりこの時期に家族が側にいないというのは創にとっても良い影響が無かったのだろう。ストレスも溜まるだろうし、創を注視してやれなかったからこんなことが起きるまで気付けなかったのか、と父は猛省していた。
「ごめんな、創」
「ん……いいよ。お父さん、いつもいそがしそうだし。おれのためにがんばってはたらいてくれてるの、わかってるから」
気遣ったつもりがかえって子供に気遣われてしまった。なんだか遣る瀬無い気持ちになってくる。
「でもやっぱり、1人でいると寂しいこともあるだろう?友達とはちゃんと遊んでるか?」
「うん。あそんでるよ。それに1人でおうちにいるときもそんなにさみしくないんだよ。いつも1人になったら話してくれるやつがいるから」
「話………?誰がしてくれるんだ?」
話の前後を鑑みるとどうにも解せなかった。1人で家にいて遊んでいるときに『話してくれる』とは何を指しているのか。
創は先程まで不安げにしていた顔を綻ばせながら答えた。
「イズル、っていうんだ、そいつのなまえ」

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