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​『Ⅳ.​ 鏡面

日向創には「出流」という別人格がいる。単に精神病理的に《多重人格》と言い切ってしまうには、あまりにも奇妙な隣人が。存在に気付いたのは小学生になるかならないかくらいの時期、帰りが遅い父親を待って1人で家で本を読んでいたときだった。

「はじめ。」

1人しかいないはずの部屋に突如自分を呼ぶ抑揚の無い声がした。警戒心と恐怖心で狼狽え、忙しなく部屋中に視線を巡らせているとまた声が聞こえた。
「そこじゃありません。」
そこで創はその声が部屋の中から聞こえているものではなく、自分の内から聞こえてくるものであるという事に気が付いた。
「……ここか?」
にわかに信じ難いまま自分の胸に手を置いて聞き返すと、抑揚が無いながらもわずかに色が乗った声音で「そうです。」と返事をされた。
問い掛けにきちんと答えが返ってきたことにまた驚く。あまりにも不可思議な状況にいよいよ創は二の句が告げなくなった。
「怖がらないでください。僕は貴方の側にずっといたんですよ。」
「ずっと……?」
「はい、ずっと。」
その声はよくよく聞いてみると驚くほど自分と同じ声色だった。

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