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OISHII
LIFE
PLAN:2
『有り得る限り最悪の想定』
『お前にも、わかる時が来る』
「…………チッ」
在りし日の黒い外套の後ろ姿を、夢の中に垣間見た。結局、あの男が伝えたかった真意などついぞ正しく知ることは出来なかった。日々を忙しなく過ごす中、埋もれ遠ざかったはずの記憶が気紛れに顔を出したことに複雑な感情を抱きながら、かぶりを振って時間を見る。
「(朝の、5時か)」
見たいものがあったわけでもなく、寝覚めの悪さの気晴らしぐらいの感覚でポケギアを起動しニュースサイトを開いた。たまたま眺めていたネット配信の映像は突如切り替わり、何処かの地方のお偉方が記者会見をしている場面になる。
現地時間はジョウト地方から見て前日の朝の10時。臨時ニュースのお題目で始まった会見の内容はアローラ地方で最近、一部地域にウルトラホールなる"異世界に繋がる穴"が開き、ネクロズマというポケモンが現れて危害を加えそうになった、という様な話らしい。同時期に黒い雲で街が覆われた事件もそれが原因だったのだと。にわかに信じ難く突拍子のない内容に記者達はざわめき、動揺を隠せないでいた。無理もない話だ。異世界だのなんだのと三文ファンタジーもかくやの内容で、これを見ている今のオレも恐らく寝起きであることを含めてももっと胡乱げな顔をしているだろう。
ただ、人にもましてポケモンというのは未知な生き物だ。そう長くないなりに自分のポケモンと向き合ってきたオレでもそう感じていたし、各地で聞き及ぶ伝説ポケモンの所業などを考えるとまあそういうこともあるのか、と半ば強引に納得してそのまま映像を見つめていた。
不安を訴える記者達に、長い金髪を翻した冷ややかな氷の女王のような女───エーテル財団とやらの代表らしい───は場を制するように優雅に手を広げ、滔々と語り出した。何でも既に事態は優秀なトレーナーが解決に導いており、今後の対策についても検討しているのだという。お高くとまった物言いにさて、どんな御高説が飛び出してくるかと思い横になっていたソファーベッドで身動ぎしていると、画面からジリ…と何かが歪むような音が聞こえた。報道陣の音響機材の不良かと思ったが、その音は前に立つ財団の者達にも聞こえたようで、きょろきょろと忙しなく辺りを見回している。
その時、画面の右上の空に何か、穴のようなものが空いた。まるで先程まで話題に上っていた"異世界へつながる穴"のようなそれを、カメラはズームで追う。会見場が異様な空気に包まれる中、穴を映していたカメラは背後から聞こえる物音に気付き、すかさず振り返った。
一瞬だった。すぐにカメラは走り寄ってきた男に突き飛ばされて地面に転がり、会見をしていた代表たちの足元を映すのみになってしまったが、それでも走り寄ってきた男の後ろから悠然と歩いてくる"奴"の顔をオレは確かに見た。
───なんで、こんなところで。
先程まで淡々と会見をこなしていた代表は狼狽しながらも、突如現れた不埒者たちへ果敢に問いを投げかける。
『貴方は……一体、どなたですの?』
倒れ臥すカメラに男たちの足元が見えた。自分の心臓が早鐘を打つのが酷く大きく聞こえる。ポケギアを握っていた手ににわかに汗が滲む。まさか、
『異世界の技術を持つエーテル財団の科学力……我々ロケット団……いや、レインボーロケット団が利用させてもらおう!』
「───ッ」
間違えるはずもない、その姿であって、その声は……その組織の名前は。かつてオレの世界の全てであり、今のオレに至る始まりでもあった男が持っているものだ。"サカキ"、誰かにとっては最低最悪の忌まわしい名前であっても、オレにとっては父親である男の名前。同じ血が流れる、家族というもの。
どこかでもう会うこともないだろうと思っていた。影を追うことを止めた時から、敢えて記憶を辿ろうとも思わなかった。それなのに。あの日コガネのラジオ塔を占拠してまで、いっそ悲愴な呼びかけを行った幹部や下っ端たちに応えて現れることもなかった男は今、ロケット団を名乗り目の前に現れた。
一匹だけモンスターボールに入らず床で寝ていたオーダイルが、様子がおかしいことに気付き怪訝な顔をしてこちらを見遣っていることはわかっていたが、それに構っている場合では無かったオレは画面を凝視したまま動かなかった。何が起きたかも判然としないまま混乱する現場は会見どころではなくなり、結果中継も打ち切られた。何かのパフォーマンスでは、と推測する記者や錯綜する動画のコメント欄を半ば目を滑らせながら見ているオレだけが、この状況が冗談でもなんでもないということに確信を抱いていた。
「───ガウゥッ!!」
何も映らなくなった画面を飽きもせず睨みつけていたオレをいよいよ心配したのか、オーダイルが一鳴きした。びくりと身体が反応して画面に縫い止められていた目をやっと引き剥がす。予想以上にオーダイルは目の前に顔を近付けていて、その身を乗り出しては、巨躯と強面な顔立ちには不釣り合いなほどまなじりを下げてこちらを伺っていた。その姿に面食らったと同時に妙な安心感を覚えたオレは、思わずオーダイルの身体に腕を回して深い溜息を吐く。冷たく硬い肌に触れて上がっていた熱が下がっていくようだった。
普段のオレがそんなしおらしい行動を取ったことがなかったのも相まってか、オーダイルはショックを受けたようにガウガウとうるさく鳴きながらオレに顔を押し付けてきた。
「おい、痛いぞ………」
呟きのような声だったがきちんと意味まで届いたようで、オーダイルは顔を押し付けてくるのを控えた、が密着するのはやめなかった。互いに言葉がわかるわけでもないのに、なんとなくで求めていることがわかるこれを、どこぞのいけ好かないドラゴン使いあたりは絆だな!と恥ずかしげもなく殊更爽やかに言ってのけるだろうか。これがそうならオレは、随分コイツに想われているらしい。盗みに入った研究所にノコノコ戻ってきては突き放したように置いて行こうとした時ですら、コイツはバカみたいに嫌がってオレにしがみついて来た。オレが盗まなければ普通のトレーナーのポケモンになって、普通の幸せを得ることができたかもしれなかったのに。身勝手なトレーナーをそこまで慕える物好きさに呆れつつも、これ以上なく素直に感謝の言葉が出てきた。
「───ありがとう。もう大丈夫だ」
オーダイルの身体から離れ、頭を撫でてやる。そうしながら幾分か冷静になった頭で状況を整理し始めた。……今の中継の真偽、アローラ地方で起きていることの全てを確認しなければならない。干渉する気はない、警察なりなんなり、捕まるんなら勝手に捕まってろとまで考えていた相手だったが、ああやって現れた以上結局オレも無関係でいられないのだ。
……かつてポケモンリーグの前でオレを待ち構え、事情聴取をしてきたハンサムという男のことを思い出す。当時は外部に秘匿されていたようなオレの存在を何処からか嗅ぎ付けていた国際警察、アイツらも今の中継を聞き及んで動き出すだろう。睨まれるだろうか。今更親父との関係を問われても隠し立てもしないが、また痛くない腹を探られるのも癪だ。自衛する為にも情報は必要だろう。
「……あのクソ親父、一体何を考えてやがる」
やっと悪態をつけるくらいには調子を取り戻した自分を確認して立ち上がる。いつのまにか空も明るくなり始めていた。
「おい、お前も付き合えよ。」
オレが気を取り直した後もこちらの一挙手一投足を気にかけている"相棒"に声を掛けると、きょとんとした後わかったようなわかっていないような顔で楽しそうに返事をした。
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